いつものサテンでまた

生きてると、まーいろんな人に会うもんですわ。

鏡を見て、深呼吸…いや、深いため息をつく。

 


昔は、もうちょい男前だったのに。

 


なんて思ってしまうのは、歳をとれば、みんな当たり前なんだろうか?

 


ハハ…どうかな…うむ…。

 


俺は若い頃から、たいした男ではなかったのかもしれない。

 


なんなら、子供の頃から「勝敗」は決まってたんだ。

 


「お兄さんなんだから、しっかりしなさい」

 


聞き飽きた、母さんの声。

 


「勇はまた100点!すごいわね!さっすが!それに比べて、あんたって子は…」

 


何もかも、こうだった。

 


あー。

 


俺を邪魔者扱いしたのは、家族だけじゃなかった。

 


クラスメイトの、イガグリ坊主が、拳握りしめ、わんわん泣いた日もあった。

 


「お前がいなけりゃ、ぶっちぎりだったのに!」

 


運動会のリレーだ。

 


懐かしくもなんともない、ゴミ同等の価値しかない記憶だ。

 


俺達のクラスは、足が速い子ばかりだった。

 


だから、ぶっちぎり一位だったのさ。

 


俺がバトンを落とすまではね。

 


ハハ…。

 


中学に入って、俺達兄弟は学校中に注目された。

 


弟は異名を持っていた。

 


それは…

 


「B組のアンニュイ王子」

 


俺も、ついでに異名を持ってた。

 


「王子の失敗作」

 


高校からは、知らない。

 


弟が入るような高校にゃ、どんだけ頭捻っても入れん。

 


はぁ。

 


思い出すほど、頭が痛くなるな。

 


弟は50代になった今でも、モテモテだ。

 


あいつ、最近じゃ19歳の若い嫁を迎えたが、他にも若くて綺麗な人妻と不倫している事だって僕は知ってるんだ。

 


不倫相手の人妻は、19歳ほど若くないが、27歳、マジで豪華な女だ。

 


アルビノで、不思議な雰囲気を持ってて、尻が丸くて、モデルやってる。

 


弟は、あのクラスの女を、当たり前のように食い散らかしてきて、今も…。

 


それに比べて僕は…。

 


ああ、また弟と自分を比べてしまった。

 


無理もないがね。

 


恥ずかしながら僕は、54歳になった今でも、バージンだ。

 


あ、チャンスが全くなかったワケじゃないさ。

 


大学生の頃はまだ告白されたりもしたよ。

 


だけど何もかもに消極的な僕は、一度たりとも返事をしなかった。

 


怖かった。

 


女は金がかかるとか、そんな話ばかり聞いていたもんでね。

 


後悔している。

 


あの頃の僕に教えてやりたい。

 


今の人生の方が、怖い。

 


老後一人で寂しく生きると思うと。

 


あの頃の俺には、まだ夢があったはずだ。

 


しかし今、頭にあるのは、借金の事と、自分の愚かさに対する苛立ち、それだけ。

 


あと、そして、今日は久しぶりに弟に会う…という憂鬱だけだ。

 


「兄さん、だいぶ髪が伸びたね」

 


「ああ、切るのが面倒でね」

 


向かい合った奴は、ハンサムで、高そうなスーツ、胸には輝かしい弁護士バッジ…大嫌いな弟だ。

 


ゴツゴツした手でフォークを持ち、奇妙なほど上手にパスタを巻いてる。

 


僕は気まずくて、ただその手つきを真似しながらパスタを食べる。

 


はぁ。

 


紙くずでも食ってるみたいに感じる。

 


なんで、こんな事になったんだ。

 


やっと弟が口を開いた。

 


「悪いけどね、兄さん。知っての通り、僕はマンションを買ったばかりだ。もうすぐ子供も産まれる。わかるね?」

 


「それを言うなら俺は借金を抱えてるんだよ」

 


「どうせ返した瞬間に、また借金するんだろ」

 


勝ち誇ったような顔に、胃がムカムカする。

 


腹立つな。

 


弟は続ける。

 


「もう助けられない。わかるだろ?今まで何回お前のために、忙しい中で無理やり時間を作ってたか。お前が世界一わかってるはずだ。それに」

 


あーもう。何を言うかわかってるんだ。

 


僕は、わざと少し大きめな声で、

 


「昔から父さんはお前が邪魔で仕方なかった…」

 


弟が言う前に、言ってやった。

 


それを聞いて、ニヤリと笑う弟。

 


父さんの遺言書を読んだ時、吐きそうになった。

 


なんだって、元々金持ちの弟に、全て相続させたいってんだから。

 


こんなに嫌な奴に。

 


フォークが皿に当たる音。

 


カチン。

 


ああ、僕はもう、食べ終わったのか。

 


「時間あるだろ?」

 


暇人だという前提で言ってくる弟にイラっとするが、実際に暇なのは間違いない。

 


ああ、と返事をしてやる。

 


新しいマンションを見せたいと、連れられて…。

 


自慢のつもりか?

 


これが所謂タワマンというものか…。

 


パッと見、30階くらいは、あるな。

 


無機質な灰色の冷たそうなビルが、雲を貫かんばかりの勢いで伸びている。

 


視線を下に戻すと、二階ぶんくらい、無駄に高さのある、デザインガラスの自動ドア。

 


弟は、カラフルな自動ドアの横に鍵を刺して開ける。

 


フワッと花の香りに出迎えられ、またもや頭にくる。

 


真っ白な部屋に、ソファやテーブル。

 


誰もいないけど、ホテルのロビーみたいだ。

 


そして、エレベーターの扉だけが赤く、俺達を導いてるみたいに悪目立ちしてる。

 


そこでも鍵を刺してる。

 


セキリュティは頑丈なようだ。

 


鍵を刺したら自動認識?するのかな?

 


エレベーターの扉が開き、階数を押してないのに24階に上がっていく。

 


耳がモワッとして、ああ、やっぱり高層階なんだな、と実感できる。

 


ようやく扉が開いて、廊下に出れば、様々な絵画に囲まれる。

 


それが、ほとんど人物画なもんで、大人数に監視されながら歩いてるみたいで。

 


「いらっしゃい、負け組のお兄さん」

 


そう挨拶されているような気分。

 


貸切状態の、気持ち悪い美術館を通って、部屋に向かう。

 


弟は、仰々しく重たそうな扉をゆっくり開けて「どうぞ好きなだけ、くつろいでね」と嫌味な微笑で俺を迎え入れる。

 


ちっ、と舌打ちしながらも、素直に入ってやる。

 


奥さんは留守のようだ。

 


貧乏くさい兄を見られたくなくて、奥さんが留守の日に招待したんだな。

 


テカテカした布…シルク?のソファに座り、足を組む。

 


目の前の長方形テーブルは、青いレースに包まれていて、更に、その向こうには牛一頭分くらいの、デカいTV。

 


それから、その左側に、螺旋階段がある事にも気付く。

 


階段は、踊るように弧を描きながら、闇に吸い込まれているように見える。

 


なんだろう。

 


この部屋だけでも広くて、天井も高くて、俺の部屋の五倍近くありそうなもんだが。

 


妙に心惹かれる。

 


上の階が気になって、ソワソワする…。

 


そこに行けば、幻のお宝か何かに出会えるような予感さえする。

 


「これ、ナンチャラ・ハーブってやつ。ストレスに効くんだよ」

 


弟が謎の茶を淹れてくれたが、上品な香りが立ち込めて、より不愉快だ。

 


俺は「やかましいわ」と捻くれながらも、少し飲んでみる。

 


苦い。

 


まったく、金持ちの自慢ほど嫌なもんはないよな。

 


わざとらしく顔をしかめてやる。

 


ジリリリリリリリリ。

 


電話だ。

 


弟は慌ただしく電話に手をかけながら「ごゆっくり」と微笑んでくる。

 


仕事の電話か?

 


油断しやがって。

 


いいよ、じゃあ、その間に見てやるよ。

 


螺旋階段の、上へ…。

 


夕日が差し込む廊下の、ひときわ目立つオレンジ色のドアを開けてみる。

 


おお…これは!

 


丸くて巨大な風呂…寝転がっても余裕だろうか。

 


大理石か何かの、タイル。

 


窓からは大都会の煌めきを一望できた。

 


洗面台も新しくて綺麗で…。

 


ん?

 


見覚えのある瓶。

 


これは確か。

 


思い出した。

 


こいつは心臓が悪い。

 


幼い頃から、そうだった。

 


発作を起こした時、薬が見当たらなければ、こいつは。

 


僕は。

 


瓶をポケットに忍ばせる。

 


そうだ。

 


僕達、双子なんだから。

 


入れ替わっちまえばいいんだ!

 


ずっと俺は我慢してきたんだ。

 


そろそろ、幸せになっても、いいだろ?

 


あー。

 


どう、かっこつけようかな。

 


これからが楽しみで楽しみで仕方ない!

 


ダサい人生、取り返すんだ。

 

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あの喫茶店に行けば、だいたい相席になる。

 


まずは明日、相席になった人に、話しかけよう。

 


弟みたいに、自分のかっこよさを誰かに語る練習をしよう。

 

趣味が多い男のフリをしよう。

 


かっこいいと思ってもらわなくちゃ。

 


貧乏だとバレないように、金持ちっぽい仕草も忘れずね。

 

ハハハハ!