不細工なクリスマス
デートなんて、初めての事だった。
恋愛なんてフィクションだと思っていた。
鏡に映る私は、丸々と太っていて、鼻の穴は何か詰めてあるみたいに膨らんでるし、まるでお相撲さんに長いカツラを被せたような…とても美人とはいえない…いや…
ブスなのだ!
しかし、今年のクリスマス。
私の人生は大きな変化を遂げる事となる、かもしれない。
10年前…私がまだ21歳だった頃。
雑誌の文通友達募集コーナーで彼と私は出会った。
別に彼氏が欲しくて文通を始めたのではなく、そもそも私なんかに彼氏どーのこーのいう筋合いなんてないと思ってたし。
ただ、ジミヘンドリクスやクリームが好きな友達が一人もいなかったから。
そういうわけで、最初は音楽の話ばかりしていた。
それが少しずつ、お互いの話をするようになっていったのだ。
田舎のパン屋で淡々と食パンやクロワッサンを焼き続ける私と、都会のオフィスで英語やフランス語を操る彼は、あまりにも住む世界が違いすぎた。
彼の手紙を読むと、一度も行ったことないはずの東京の景色が自然と目に浮かんで、ワクワクした。
ああ。
私は今、新幹線の窓際の席に座り、ビシッと姿勢を正している。
そう、ペンフレンド10周年記念にクリスマスデートをしないかと突然に手紙をもらったのだ。
それで、こんな私じゃ会ったらガッカリされてしまうだろう、と…。
どう断ろうか必死に考えた。
考えていたが、彼が新幹線の券を同封してくれていたから、来てしまったのだ。
初めて降り立った東京は、目眩がするほど人で溢れていて、まるで祭りみたいだ。
そして、街にはサンタの人形や、カラフルなクリスマスツリー、クリスマスらしく輝いて。
明日、彼と会うんだ…。
ドキドキしながら私は、ホテルに向かい、この日のために買った高い入浴剤で肌を整え、眠り…。
…。
どうして、こういう日に限って寝坊してしまうんだろう!
大変だ、大変だ。
ヘアセットを予約している美容室に電話をかけた。
「すみません…私、寝坊してしまって。一時間ほど遅れてしまいます」
「大丈夫ですよ。丁度その時間キャンセルが出たんです」
とりあえず一安心だ。
さあ、洗顔やら歯磨きを済ませなきゃ。
わざわざ買い揃えたシャネルの化粧品で必死に顔を塗装しながら時計をチラチラ。
イライラしてきた。
やっと納得して、わざわざ買い揃えた服に着替え、わざわざ買った靴を履き、わざわざ買った鞄を…
あ!!!!!
壊れた。
取手が外れた。
最悪。
鞄を抱いて、とりあえず走り出す。
なんなの、なんなの、一体なんなのよ。
駅について、鞄を開け、切符を買おうと…財布を忘れてきていた!
ああああああーーーー!!
ダッシュで戻り、今度は部屋のカードキーを置いて来たことに気付く。
地団駄を踏んだ。
ダンッダンッダダダッ。
フロントに向かい、鍵を発行し直してもらう…再発行料3000円は地味に痛い。
結構、時間かかるわね。
早くしてよ早く。
…
やっと美容室について、ヘアセットが終わり、CMみたいに輝く髪を手に入れた。
色々あったけど、ひとまず外見はマトモにできたかしら?
しかし、気がかりなのは、彼との待ち合わせだ。
美容室の予約は早めにしたから大丈夫、なはずだったが、20分は確実に遅刻するようだ。
鳩が手紙を届けてくれる、なんて絵本みたいな事が実現するなら、どうか遅れてください、と手紙を書きたい。
とにかく急ぐんだ。
また走って駅まで向かい、今度は彼と待ち合わせた渋谷に。
は?
なんで止まってんの、電車…。
事故?ああそう、知らないわよ。
急いでいるのにさ。
頭を抱えてしまった。
抱えたまま、駅を出てタクシーを探す。
空車、来い、空車よ。
来た!
手前の人が乗って行った。
もう死んでしまいたい。
いや、でも、もう次が来た…良かった。
手前の人が乗って行った。
はぁぁ!?
どうなってんのよ一体。
普段はしないはずの貧乏ゆすりが止まらなくなる。
早く来てよ。
やっと来た!
手をあげて、ピョンピョン跳ねた。
タクシーが止まった…はぁ、良かった。
これで彼に無事に会えそうだわ。
「渋谷駅まで、お願いします」
「あいよ」
ふぅぅっと安堵のため息を吐き、背もたれに思いっきり体を任せて。
考えた。
遅刻した上に、私は可愛くない。
彼に会うのが怖くなってきた。
彼の顔は知らないし、もちろん私の顔を彼は知らない。
だけど、きっと素敵な人なんだと思う。
いつの日か彼が送ってくれたマフラーを取り出し、首に巻いて、ギュッと掴んだ。
私と会ったら、彼はきっとガッカリする…。
せめて少しでもマシに思われたくて頑張ってお洒落したけど、必死に若作りしてる痛いオバチャンみたいに見えたら…。
今、私は31歳だけど、ものすごく老けて見られる。
帰りたい、けど会ってみたい。
私は、会った事もない男の人に本気で恋をしてしまったのだ。
ドスン!!!
?
あら。
タクシーが思いっきり壁に激突している…なんだ、そんな事か。
じゃないわよ!!
「うわぁ…ごめんなさい、ぶつけちゃいました」
なによ、この運転手は。
もういい。
運転手は、そんな状況の中でもヘラヘラしながら話す。
「すみません、歩いて行ってもらえますか?そこを真っ直ぐに歩けば20分ほどで着きますから」
大遅刻が、スーパー大遅刻になった。
黙って金を払って降り、私は走った。
メロスになった気分だ。
走れ、走れ、メロス。
走れ私。
多分だけど一時間半は遅刻してるはずだ。
涙が出てきたけど、走るのはやめない。
がんばれ私!
おっと、おっ、小石か!あーっ。
躓いてしまった。
そして、私の図体は泥の中へ。
せっかく買った服が…セットした髪が…化粧が…。
ああ、もう、彼に会うのなんか、やめちゃおっかな。
うずくまって、シクシク泣いた…。
「大丈夫かい?」
目の前にハンカチを差し出す手。
顔を上げると、杖を携えたお爺ちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ありがとうございます…すみません」
ハンカチで涙を拭いた。
お爺ちゃんは、ゆっくり話した。
「君のマフラー…見たことがあるね。それに、君は赤いコートを着てくると手紙に書いていたね?」
「えっ」
「こんなお爺ちゃんで申し訳ない…会ったらガッカリされるだろうと不安だった。君が来ないのは、老人の私を一目見て驚いて帰ってしまったからだと思ったんだ」
「あなたが?」
「そう、私だ」
お爺ちゃん…彼は、優しい声をしていた。
たしかに、思った以上に年上だけど、彼の優しい目はイメージ通りだ。
胸がドキドキしてきた。
私達は、手を取り合って歩き出した。
「さあ、綺麗な服に着替えて、美味しいご飯を食べに行こう。それから、家に来ないか。君が聴いたことのないようなレコードを、たくさん見せてあげよう」
「そうね。それから二人で散歩もしたい。イルミネーションを見に行きたいの」
「そうしようか。とても楽しみだね」
End