あんな喫茶店、二度と行くもんか!
Googleマップを頼りに、なんとかたどり着いた、そこの看板は喫茶店らしからぬ鮮やかなピンク×水色のメルヘンな色合いで誘ってきた。
この時代にも煙草が吸えて、
世にもフワフワなパンケーキに様々な種類の果物とクリームを乗せてくれて、
肝心のコーヒーも香り豊かでゴージャスな味わいだと、
喫茶店めぐりが好きな後輩から噂に聞いて、
今日は張り切って新しいシャツの試運転に、この場所を選んでみた。
さっそく扉を開けて、噂通りの甘い香りに胃袋がキューっとなった。
おなかすいた。
残念なのは意外にも騒がしいって事だけだ。
店員が小走りで向かってくる。
「すみません、ただ今、混み合っておりまして。相席をお願いできませんか」
「ああ、大丈夫ですよ」
申し訳なさそうに「こちらのお席へ」と通された、その席に座って、向かい合った女が会釈してきた。
「すみません」
何に謝ってんだか知らんけど、そう言われ僕も釣られて「すみません」と言った。
とりあえずコーヒーを頼み、煙草に火を付けた。
灰皿も可愛らしいピンク色で、いい場所だなぁとウットリしていた。
向かいの女は、長い金髪をテーブルに垂らしていたが、それでもチラチラ見える顔が整っている事はわかった。
喪服を着ていて、泣き腫らしたような目で、自身の左手の薬指で鋭く光る指輪を、じっと見ていた。
あの輝き、まだ新しい指輪なのだろう。
女は表情のない唇を震わせながら、テーブルを見つめていた。
しばらくして、人形のように痩せ細った指で煙草を取り出す女。
この人も吸う人なんだ、と安心。
まあ喫煙目的店って入り口にも描いてあるし、なんて考えていた。
もしゃっ。
女は、煙草を食った。
僕は吸っていた煙草を思わずテーブルに落としてしまい、急いで拾った。
驚いて声が出そうになった。
とりあえず一吸いした。
なんなんだ、この女。
頭おかしいんじゃねえのか。
前を見ないように、テーブルに目を落としたが、あの硬そうな指が、次々と箱から煙草を取り出す…。
もしゃ、もしゃ。
次々と煙草を食い、鞄から新しい箱を取り出し、ビニールを剥がして、また食う…。
溢れた葉っぱが、テーブルにポロポロ落ちて、汚らしい。
もう、いい加減にしてくれよ。
「お待たせしました」
店員の若く尖った声にビクッと驚いた。
お待ちかねのコーヒーが運ばれてきた。
向かいの女も偶然コーヒーを頼んだところだったようで、二つのコーヒーが、それぞれの前に置かれた。
ふわっと安心感のある温かいコーヒーの香りがして、はっとした。
そうだ。
僕はコーヒーやパンケーキを楽しみに来たんだった。
訳の分からない女など気にせず、まずはコーヒーと煙草でリラックスするんだ。
僕は、コーヒーと煙草が世界で一番すきなんだから。
さて、さっそく一口…とマグカップに手を伸ばし、ちらっと前を見てしまった。
ゴク、ゴク、ゴク…。
女は空になったカップをテーブルに置いた。
嘘だろ、この女…一気飲みしやがった?
コーヒーは湯気を立てて、猫舌の僕に危険を知らせていた。
とりあえず少しだけ啜ってみた。
熱い。
ここのコーヒーは、めちゃくちゃ熱い。
女は煙草を三本、取り出して口に突っ込み、伝票を持って、せかせか去った。
結婚したばかりで旦那が死んで、ショックで仕方なかったんだろうか?
そう思うと、可哀想だな、と思った。
店員がやってきて、テーブルに散らばった葉っぱを掃除してくれた。
会釈すると、店員が言った。
「ごめんなさいね。あの人いつも、ああなんです。ここ三年くらい」
もういいや。
やっと変な女もいなくなったし、とりあえず本でも読もう。
鞄に手を突っ込んだ。
「すみません!相席お願いします」
店員が、今度は高そうなスーツを着た初老の男を連れて来た。
見るからに金持ちってかんじだった。
ブランドやら、スーツやら、僕は詳しくないけど、彼のスーツや鞄が、僕には買えないような代物だってのは一目でわかった。
「失礼しますね」
柔らかい声でそう言われ、頷いた。
彼の胸には、金メッキが剥がれ、殆ど銀になった弁護士バッジ。
すごい人なんだなぁ、と思ったが、知らない人だし、本を開いたら、すぐに彼の存在なんか忘れた。
名探偵の冒険を続けるべく、活字を目でたどり、ワクワクし始めた。
「お冷ください!」
ビックリした。
声でか!
弁護士はあろう事か、とんでもなくデッカい声で、少し遠くにあるカウンターに向かって叫んだ。
それから何事もなかったように僕の方を向き、今度は話しかけてきた。
「あのう。煙草一本くれませんか」
「構いませんよ」
僕は箱から五本取り出し、彼の前に置いてあげた。
彼はテーブルにあった僕のジッポを勝手に取って火をつけ、石塚英彦も驚くほど美味しそうにフゥッと煙を吐いて、満面の笑みで話しかけてくる。
「三日ぶりの煙草なんです。あーっ、美味しい。すぅぅぅっ、ぷはぁぁあ。ありがとうございます!あなたは命の恩人です」
なんだか変な人だな、と思いながら「どうも」とだけ言い、僕は、わざとらしく本に視線を戻した。
なんで、そんなに煙草が好きなのに三日も吸えなかったんだ?
弁護士なら…その服装なら…しかも喫茶店に来る金があるなら煙草くらい買えるだろうが。
店員が持ってきたお冷を、ズズーっと啜って、またこちらを見てきた。
こいつ気持ち悪いな…。
また、あの柔らかい声が聞こえてきた。
「お兄さん喫茶店めぐりが趣味なんですか?実は僕もなんです。あと、釣りも好きでね。ゴルフも好きです」
意味不明なマシンガントークに、適当に「そうですか」「へぇ」と相槌を打ちながら、なんとか物語の世界に逃げようと僕は必死だった。
しかし、やたら耳につく弁護士の声。
「僕は趣味が多くてね、こう見えて将棋なんかも好きだったりします。最近はプロレス観戦にハマってて」
水を飲みながら、よく早口で喋れるな。
何かの大会に出るつもりだろうか。
弁護士は、まだまだ喋り続ける。
「そんでね、お酒も好きで、この頃は動物園に行ったり、お冷くださーーーい!!!」
急に大声を出すの、頼むから、やめてくれないかな…。
店員がまた水を運んで来るまでも、弁護士の意味不明なマシンガントークは止まらなかった。
僕は真面目に本を読むのは諦め、本を閉じてテーブルの脇に置き、コーヒーを結局、飲んでない事に気付いた。
冷めたコーヒーを飲み切る間に店員が弁護士に水を持ってきたので、せっかくだから温かいコーヒーが飲みたくて、おかわりを頼んだ。
「コーヒーが好きなんですか?僕もです」
嘘つけ。
お前さっきから水しか飲んでねーだろ。
もう、イライラしすぎて頭がボーっとした。
僕はただコーヒーやパンケーキを楽しみに来ただけなのに。
ゆっくり本を読みながら、煙草を吸いたかっただけなのに。
なんで、こんな目に遭うんだ。
「お冷くださああああぁぁあああぁああああぁぁあああぁああ」
またかよ!?
弁護士は、いつの間にか水を飲み切っていて、僕のコーヒーも目の前にあった。
また冷めてしまった。
こいつの話に適当に相槌を打っている間に、コーヒーが冷めてしまった。
もう帰ろうかと思ったが、その時、あの尖った声の店員がやって来た。
「お客様、水ばかり飲まれていては困ります。せめて飲み物一杯だけでも…」
「じゃ、もう帰るわ!」
弁護士?は伝票を持って去った。
はぁ、やっと普通に喫茶店を楽しめる…。
本を読みながら、煙草を吸いながら、コーヒーを四杯いただいた。
今まで気付かなかったけど、ここのコーヒーは泥水みたいな味がするな…。
「何度もすみません」
店員の声がした。
また相席だ。
今度、僕の前に座ったのは、着物姿の美熟女だった。
銀座が近いし、クラブのママってやつかな、と僕は勝手に予想した。
彼女はオレンジジュースを頼むと、肘をついて、深ぁいため息をついた。
「あんた、さぁ」
女が話しかけてきた?
「アタシと、どうするつもり」
え?僕に言ってんの?
と思ったが、タバコを食う女や、お喋り弁護士に疲れていたので無視を決め込んだ。
「アタシはね、あんたと、大きな庭がある一軒家を買って、子供を三人産んで、老後は野菜を育てたりしたくて、さ」
知らねえし、誰だよ。
「ずいぶん待たされて…アタシもう40よ」
女は上品な手付きで白いレースのハンカチを帯から取り出し、目に押し当てた。
オレンジジュースが運ばれてきて、僕は忘れかけていたパンケーキを頼んだ。
無視してパンケーキ食ってたら、さすがに諦めて帰ってくれるだろ。
女は、しばらくただ泣いていた。
静かに泣いているだけなら気にならないか、と僕は本を読みながら、パンケーキを待った。
「お待たせしました」
やっと、噂のパンケーキとご対面だ。
想像していたよりクリームとフルーツのボリュームがあり、大好きなラズベリーもたっぷり散らされていて、ワクワクした。
フォークを手に取った。
「うるさい!!!」
テーブルが吹っ飛んで、隣の客がバタバタと立ち上がった。
女は、テーブルをひっくり返した。
唖然としている間も、女は怒鳴り散らした。
「アタシの人生どーなるワケ!?あんたと生きるために貴重な若い時間も失った!アタシの人生、返してよーーー!!!」
肩で激しく息をしながら、般若のような顔でスマホを取り出し、画面をタップ、イヤホンを外し、コーヒーやクリームでビッチャビチャの伝票を持って、女は去った。
もう、たくさんだ。
僕は泣きそうになりながら、汚れた本を拾いあげた。
もうすぐ読み終わるとこだったのに。
店員がやってきて、何やら謝りながらテーブルを起こし、タオルを渡してきた。
僕の新しいシャツも、コーヒーとクリームだらけだった。
思わず、顔を両手で覆ってしまった。
「あの、良かったら…」
ふと声がした方を見てみたら、隣にいた客が、紙袋を渡してきた。
「あの、この服、売りに行ったら、50円だって言われまして…売るのやめたんです。良かったら着て帰ってください」
涙が出た。
なんて優しい人なんだろう。
僕は彼に1000円札を三枚渡し、頭を下げながら紙袋を受け取り、トイレに駆け込んだ。
良かった、良かった。
清々しい気持ちで、紙袋を開けた。
色々あったけど、優しい人もいるもんだ。
しかし、何故あの喫茶店には変な人ばっかり来るんだろう?
とにかく、あんな喫茶店には二度と行きたくないな。
体がどっと疲れた。
心のストレスは体にも影響するもんだ。
やたらと肩が凝った。
さて、家に帰ろうかな。
虎の着ぐるみを着て。
end
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
トラブルは連続して起こるもんです。
何故でしょうね?
もしかしたら、その時の環境が悪いのかもしれません。
僕の知り合いに自称「男運が皆無」な女性がいたんですよ。
彼女、付き合う男は毎回マジで頭おかしい連中で、一体なんでだろう?と不思議に思ってたんです。
美人だし、優しくて、誰にでも好かれる、料理も上手だし、奥さんにするなら理想的な女性なんですね。
ところが彼女の行きつけのバーに連れて行ってもらったら、常連は変な人ばかりで。
なるほど彼女は、そこで毎回、男と出会っていたんです。
なんしろ、そこしか遊びに行く場所がないんだとか。
しかも、あの箱入り娘、最初の男も、そこで出会ったロクデナシだったもんだから、ロクデナシとマトモの区別がついてなかったんです。
今はマトモな彼氏と同棲して暮らしていて、あー良かった、と…。
その彼氏は、新しい職場で出会ったらしいんですね。
良かった、良かった。
世にも頭のおかしな人が集まる場所って、あるもんなんですよ。
まあ、この話も作り話なんですけどね。
haha
まあでも一応、皆さんも、お気をつけて。
それじゃ、ね。
村上さんより